写真家・色彩管理士 藪崎次郎さんに訊く

人工物から風景にいたるまで、被写体を超高精細かつ鮮やかに表現、プリント作品は衝撃的とも言えるほどの表現力で、その作風はまさに「スーパーリアル」。そんな藪崎さんの写真家としての出発点からはじまり、どのようにして作品は生まれ、そしてどこへ向かおうとしているのか? 藪崎さんに訊きました。

文・構成:山本高裕

横浜の夜景と車から始まった写真生活

私にとって横浜は、ランドマークタワーが建設中の頃から憧れの街でした。私自身は静岡出身ですが、仕事の関係で横浜へ転勤になり、みなとみらい21区や中華街、山下公園などでよく遊んでいました。車が好きだったので、毎晩きれいな夜景を見ながらドライブを楽しんでいました。当時から横浜の街の写真を撮っていたのか? と言われると、故郷の静岡市からはいつでも見える富士山には登らないし写真を撮らない――それと同じで、横浜の写真なんていつでも撮れると思って、全くと言っていいほど撮っていませんでした。

写真をちゃんと撮ってみようと思い始めたのは、車の仲間の写真を見たのがきっかけです。その友人が車と夜景のきれいな写真を見せてくれたんです。その影響を受けて、安いコンデジを使って車や夜景を積極的に撮るようになりました。

でも、友人が持っていたのはデジタル一眼レフカメラ。私のコンデジとは写りが全く違うんです。そもそも10年以上も前の話ですから、コンデジと言っても現在の高級コンデジとは違い、ただ写るだけのようなものでした。当時はインターネット回線のスピードも速くなってきた頃で、私も自分のブログに写真をアップしたり、他の方が撮った写真を見る機会も増えて、みなさんがどんなカメラを使っているのか、いわゆる「掲示板」などを利用して教えてもらっていました。

きれいでかっこいい写真を撮る人たちが使っているカメラは、当時の最高級品で30万円以上もするデジタル一眼レフカメラ。さすがにまだ写真にそこまでの投資をする決心が付かず、手始めにAPS-Cセンサーを搭載した中古のデジタル一眼レフカメラを購入しました。確かSONYのα550だったと記憶しています。それでも今まで使っていたコンデジの写りとは全く違っていて、本当に感動したのを今でも鮮明に覚えています。そのカメラでとにかく撮りまくって練習しましたね。横浜の夜景と車。車の写真は何十万ショット撮ったか分からないほどです。

『タイトル:AM0:23 』一眼レフカメラを初めて手にした藪崎さんは、横浜の夜景を撮りまくった。f/11、20 sec.、ISO 200(ボディー:SONY α550、レンズ:SONY DT 18-55mm/F3.5-5.6 SAM)

『タイトル: Life Force 』富士山を望む夕景は色彩が印象的。f/11、1/500 sec.、ISO 200(ボディー:SONY α550、レンズ:SONY DT 18-55mm/F3.5-5.6 SAM)

試行錯誤を繰り返した塗装膜のツヤを表現する現像手法

20代の頃から、とにかく車で走ることが大好きでした。よく行ったのは富士スピードウェイ。自分の食事代よりもガソリン代に給料の大半を使っていたくらいです。エンジンを1機、タービンは3個も壊しました。でも年齢を重ねていくにつれ、自分が走るよりも「走る人を撮る」方へとシフトしていったんです。中古のSONY α550にSIGMAの70-200mmの望遠レンズとテレコンを着けて、サーキットで疾走するスポーツカーの姿を撮りまくりました。

特にスポーツカーの撮影は、現像まで徹底的にこだわっていました。車のボディは塗装の上にクリアコートが施してあり、鏡に近い鏡面体なんです。艶(つや)感と光の反射がある。白いボディーのクルマなら、真っ白なボディーに空の青や夕焼けのオレンジが反射し、さまざまな色彩と艶が出ます。実はこれをデジタル写真に表現するのは結構難しいんです。現像方法はかなり試行錯誤しました。でもそうやって完成した写真をいろいろな人に見てもらっているうちに、撮影の依頼も来るようになりました。

当時のクルマ仲間でセミプロのドライバーになった方も多くて、「チームで走るから、ピットに入ってレースの様子を撮ってほしい」といった依頼は、おかげさまで今も定期的に頂いています。

「ボディーの艶と光の反射の表現には徹底的にこだわる」と藪崎さん。f/5.61/320 sec.ISO 200(ボディー:SONY α550、レンズ:SIGMA APO 70-200mm F2.8 EX DG OS HSM

この塗装の質感表現を求めて、藪崎さんに撮影を依頼したいという人は多い。f/5.6、1/320 sec.、ISO 200(ボディー:SONY α550、レンズ:SIGMA APO 70-200mm F2.8 EX DG OS HSM)

写真を通じて未来ある子どもたちに何か残していきたい

私が写真家として通ってきた存在として欠かせないのが、写真家グループ「印彩都」(インサイト)です。印彩都が発足したのは、2011年の東日本大震災が起きた直後で、「自分たちが得意とする写真の技術を使って、被災地の人たちのために何かできることはないだろうか?」という強い志を持った写真家たちが声を掛け合って結成したのが始まりです。2011年から毎年5月に、都内のギャラリーでグループ展を開催しています。

私は2016年の6回目の展示から参加しています。震災のとき、私は現地の悲惨な状況を大渋滞の車の中、車載TVで見ていました。当時は立場的に自らボランティアとして現地に行くことができませんでしたが、被災地の方々のために何かしなければという思いをずっと抱いていました。だから、被災地のお役に立ちたいという印彩都メンバーの思いに共感したんです。

印彩都の写真展では、毎回メンバーが撮影した写真をポストカードにして1枚100円で販売し、その収益全額を未来ある子どもたちを支援するNPO団体へ全額寄付しています。今では私自身も、後世のために何か残せるものがあればという思いから、作品販売の利益や雑誌執筆料、講演登壇料などでいただいたギャランティーの大半を 未来ある子どもたちのための寄付に充てています。

グループ展から個展へ、展示を通じて学んだこと

プリントから額装展示までを含めて、自分にとって大きな転換点となったのは、2016年にJPS(公益社団法人 日本写真家協会)の公募展で、京都の二寧坂(にねんざか)の作品が入賞したこと、さらに2017年の8月に東京・京橋の画廊Island Galleryで開催された25名の写真家によるグループ展で、沖縄の八重山で撮影した天の川の写真を展示したことです。

特に東京・京橋のIsland Galleryはいわゆる「企画画廊」で、アート作品の展示販売を行っています。額装した写真をアート作品として販売するわけですから、写真に求められるクオリティーも「企画画廊の壁に展示し、プライスタグを付けるにふさわしいハイレベルな作品」が要求されるわけです。だからIsland Galleryでのグループ展では、自分の写真が企画画廊の壁に展示されることへの喜びを感じる反面、プレッシャーも大きかったです。自分の写真にそこそこのプライスタグが付くわけです。買ってもらえるのかという不安、そして自分の写真を作品として買っていただくということに対する責任を痛切に感じました。さまざまな思いが巡るグループ展でしたが、何よりも「ご来場いただく方に楽しんでもらえたらいい」という思いで乗り切りました。

Island Galleryのグループ展の後、すぐにギャラリーのオーナーから3人の写真家による「三人写真展」、さらには「個展」のオファーまで立て続けに頂きました。準備期間が非常に短かったので大変なのは承知していましたが、とにかくチャレンジするしかないと奮起しました。

三人写真展で最も人気があった写真は、八重山で撮影した天の川とマングローブの木がコラボする写真です。離島で4日間、頭の中でイメージした撮影スポットを探しに探して、日程最終日の夕方にようやく見付けた場所でした。実はこの写真、中央に写るマングローブの葉をストロボ光でほんの少しだけ照らしているんです。でも、天の川を撮影する際の色温度とマングローブの葉の緑色を出す色温度が異なるので、普通にストロボ光を当てると自然な葉色に写らない。撮影旅行に出る前に数十種類のカラーフィルターを入手し、自宅でカラーチャートを使ってシミュレーションしながら、最適な色調になるフィルターを選んでおいたんです。

『タイトル:Special Seat』 グループ展で最も人気だったという、天の川とマングローブを写した一枚。 f/1.4、30 sec.、ISO 800(ボディー:Nikon D810、レンズ:SIGMA 20mm F1.4 DG HSM Art)

自然界の色を表現することへのこだわり

私は写真家の他に「色彩管理士」としての仕事もしています。色彩管理士の仕事は、赤なら赤、青なら青など、塗装やインクなどの製品の色規格や品質管理と言えば分かりやすいかと思います。変わったところでは、街の景観設計などにも色彩管理士が関わっています。色を使って一つの街をデザインするんです。その街の歴史などをもとに、景観はこういう色で構成したらどうでしょうか?などと、色彩の面から街の景観を提案したりします。その他にも、色覚異常(色弱・色盲)の方が、生活していくに困らない色の組み合わせなども考案します。

われわれ人間が生きる世界には必ず「色」が存在します。色を管理するというよりも、どういう風にしたら人々が暮らしやすくなるか?ハッピーになれるか?を考えるんです。だから、作品づくりおいても色彩にはとことんこだわります。

例えば、先に紹介した天の川の写真ですが、特に天文をやっている方に言わせると、天の川が見える新月の夜空はグレーでなければいけないそうなんです。もっと言えば宇宙空間は真っ暗だと。でも人の心理では「空は青い。だから夜空も青い(だろう)」と認識されるんです。ゆえに私は作品づくりおいても、その心理を第一優先に考えています。グレーの空よりも、ほんの少し青味のある夜空に天の川が浮かんでいるほうが、美しく見えますしね。

自然界は色であふれています。葉や土の色、空や海の色。それらがなぜその色をしているかには必ず理由がある。だから一つ一つの被写体の色をしっかりと引き出したい。色には癒しの効果があり人の心を洗い清めてくれるんです。大自然の絶景と言われる光景には、心を癒し幸せにするパワーがある。私はその色彩が持つ癒しの効果を作品に込めていきたいんです。それが写真家としての私の使命だと思っています。

色へのこだわりがあるので、私の作風はどちらかというと色をしっかりと鮮やかに出したものが多いです。撮ったままの記録写真ではなく、自分がシャッターを押したときに感じた大自然のパワーを最大限に引き出した作風です。そのほうが私の作品をご覧になる方々がきっとハッピーになれるかなと思っています。

『タイトル:Fairy Wings 』動と静の描写が見事な北海道の雪景色を写した一枚は、藪崎さん初の個展に出展された。NiSi ND 8ND 64、ISO 100(ボディー:SIGMA sd Quattro H、レンズ:SIGMA 14mm F1.8 DG HSM Art)

『タイトル: 風雅 – fuga – 』こちらも初の個展で展示された作品。空の微妙なグラデーションが美しい。ISO 100、(ボディー:SIGMA sd Quattro H、レンズ:SIGMA 24-105mm F4 DG OS HSM Art)

色とディテールにこだわるための機材選び

色へのこだわりとともに、被写体のディテールにもこだわっています。例えば、砂や落ち葉など、一つ一つがそこに存在するのには必ず理由がある。だから砂は砂粒として、葉にいたっては葉脈までもがはっきりと見えるように、ディテールをしっかりと出し、被写体の存在意義を認めながら撮り込みたい。それが大自然への敬意と考えているからです。

それを可能にしてくれるカメラが、現在私が風景撮影に愛用しているSIGMA製のカメラ「sd Quattro H」と「dp Quattro」です。レンズは同じSIGMAの14mm F1.8や、14-24mm F2.8を常用しています。これらが現在、私が理想とする風景写真が撮れる最良の機材と考えています。

SIGMAのカメラが搭載する Foveon®という光学センサーは、一般的なベイヤー式のモノクロセンサーとは構造が全く異なる3層式RGBフルカラーセンサーで、被写体の持つ色情報がしっかりとデータに乗るので、私が好みとするビビッドな色合いも破たんなく表現することが可能なんです。新緑や苔の緑色、さらにはその質感・・・コクと言うんでしょうか、とにかく他のカメラにはない圧倒的な像質が特徴です。

そして、これらの機材にNiSiのフィルターを組み合わせます。色彩管理士という仕事柄、分光放射計という特殊な測定機器を使ってフィルターの光学特性を調べるんですが、NiSiのフィルターは、フィルターを透過する光質や色調が極めてニュートラルで、被写体本来の色をセンサーへ忠実に届けられるので、とても使い勝手がいい。一般的に市販されている減光フィルターを使うと、緑色が多く残り色が被る現象が起こる場合がありますが、NiSiのフィルタ―は全く気にせず使える。ゆえに、NiSiのフィルターは全幅の信頼をもって作品づくりに愛用しています。

よく使うのはND 8やND 64の減光フィルターです。減光フィルターと言えば、数十秒や数分間の長秒露光を想像する方も多いかと思いますが、私は長秒露光といっても2秒や4秒といった数秒の露光時間を選ぶことが多いです。2018年の6月にIsland Galleryで開催した個展「1/f Signals」では、展示した写真すべてに水を被写体として写し込みました。海や渓流など、水辺が持つ躍動感や癒やしのパワーを作品に込めるため、あまり長時間の露光はしません。撮影現場では、数秒間の露光でシャッターが閉じるようにフィルター濃度を調整しています。

『タイトル: flow 』その場で感じた自然のパワーを表現するために、藪崎さんは撮影から現像まで労力を惜しまない。NiSi ND 8、ISO 100(ボディー:SIGMA sd Quattro H、レンズ:SIGMA 20mm F1.4 DG HSM Art)

『タイトル:Dragon Eyes 』吸い込まれるような深い青が印象的な作品。「大自然に敬意を払い、色はしっかり表現する」と藪崎さんは言う。NiSi ND 64、ISO 100(ボディー:SIGMA sd Quattro H、レンズ:SIGMA 14mm F1.8 DG HSM Art)

五感で味わう写真づくりを目指す

現在は7月に開催する個展に向けて準備を進めています。昨年開催した個展では、人と人工物が一切写っていない自然風景のみを被写体とした作品をつくり、ギャラリー内を独特の世界観で演出しました。次の個展では、その発展形をお見せしたいと考えています。

大自然は癒やしのパワーにあふれています。そのパワーをダイレクトに感じられ、ご覧いただく方々の心が洗われる作品が展示できるよう準備しています。温度、湿度、音、香り、そして光。私自身が大自然の中で五感で感じたすべてを、作品に込めるつもりです。また従来からの超高精細でスーパーリアルな作風に加え、7月の個展では平面的な写真を立体的に見せるテクニックも披露できると思います。

個展のタイトルは「-f-」。未来永劫(forever)続くであろうこの素晴らしき(fantastic)大自然の最高の姿(fine)を、五感(feel)で感じていただきたいと思います。

楽しみにしていてください。

個展開催情報

藪崎次郎 写真展 – f –

会期:2019年7月19日(金)~7月28日(日)
11:00~19:00 (※水曜日休廊) 入場無料
会場:Island Gallery 東京都中央区京橋1-5-5 B1

NiSi NDフィルター

風景写真家のために特別に設計された、Nano IR コーティングを施した高品質な光学ガラス製のフィルターは、キズや汚れ・色かぶりのない優れた描写をもたらします。
NDフィルターを使用し絞り込んだ状態で撮影する際、赤外線の影響による色かぶりが問題となることがあります。NiSiのフィルターは、IRコーティングにより赤外線をカットし色かぶりを解消、自然な色合いを再現します。

藪崎次郎 Jiro Yabuzaki

自然との共鳴・癒し・ヒーリングをテーマに、日本国内や海外の風景を追い続ける写真家。 被写体の持つ美しいディテールを余すことなく超高精細かつ鮮やかに表現する技法を持ち、その作風は「スーパーリアル」と称される。中でも水辺や金属など光沢感のある被写体のリアリティー溢れる階調表現を得意としている。現在までに様々な被写体の撮影を経験し、ここ数年は自然風景写真をメインとした作家活動を展開。ギャラリーにてプリント作品を販売する他に、企業への作品提供や写真カメラ専門誌への作例・レタッチテクニックなどを寄稿している。 また「写真で人々を笑顔に!」という志を持ち、写真作家活動を通じて、東日本大震災で被災した子供たちの教育と心のケアをサポートする慈善活動も行っている。 横浜市在住、写真家・色彩管理士・カラーコーディネーター。

受賞歴
日本写真家協会JPS 第41回公募展
日本写真作家協会JPA 第14回公募展

主な展示歴
個展:1/fSignals (東京,IslandGallery,2018年06月)
合同展:25人展2017・情景写心 (東京,IslandGallery,2017年08月)
合同展:三人写真展2017 (東京,IslandGallery,2017年10月)

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